『今日これ聴いたのよ⑦』
(南アフリカの管弦楽曲)



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 シリーズ第弾!!!

今回は南アフリカの管弦楽曲です

 っつ~~~~~~~事で
一緒に聴いたちゃんと紹介します
は~~~~い
      今回は南アフリカの管弦楽曲という事で
      平成11年に購入したCDの紹介です
古いですねぇ
まだ旦那が会社員時代ね
そうそう(苦笑)
      仕事帰りによく寄っていた
      京急百貨店上大岡店の新星堂で買ったCDだね
これです~~~


まあいちゃん、ずいぶんと威勢のいい恰好ね
あなたが、させたんでしょ!



このCDの入手のきっかけは?
クラシック輸入CDの冊子があって、
      その中に大嫌いな音楽評論論調が書いてあったから
なにそれ?
例によって芸のない評論家が
      音楽評論しないで上っ面の批判だけ書いてるんだよね・・・
あ~~~嫌いな雨○みたいな?
彼じゃないんだけど、酷いのよ!!!
      音楽の評論を書かずに
      南アフリカだから演奏団体の人種構成が気になる!
      あえて南アフリカの演奏団体を起用する意味があるのか?
      なんてアホ書いてるのよね。
あぁ吉○って人ね。。。
解説とか、作曲家の事を調べると、
      フェイガンは南アフリカの音楽教育に貢献しているし、
      ベルも音楽教育とか指揮者として自作自演しているし、
      本来現地で聴こえる音楽に一番近い形のCDだと思うんだけどね?
アパルトヘイト政策の批判をしたいのは納得だけれど、
      それだけで全否定しちゃうと、
      なにもかも消すことになるわね
うんそうなんだよね
      批判だけ書くなら紹介するなって
でも旦那?
うん?
CD購入のきっかけになるの?
あはは・・・そうだね。。。
      でも、今も昔も変わらない秘曲発掘聴徹マニア?
      の血が騒いで購入リストに載せてしまいました
      まぁ、このアホ評論が
      きっかけと言ったらきっかけですね
昔はこうやって輸入CD紹介冊子を参考にして
      CD購入してたのね
うん
      でもね、写真に写っているMARCO POLOレーベルの
      カタログ取り寄せてみたら
      聴いた事のない管弦楽曲が膨大に載っていて、
      買いまくりました(爆)
そこで音楽との出逢いのすばらしさを体感して
      今もネット通販CDショップ経由で秘曲を購入しているのね
そ~~~で~~~~す



ではでは、切り替えまして
      作曲者の略歴をCD解説文や、
      南アフリカ大学サイトからの解説文などからまとめますと・・・
      ベルとフェイガンは師弟関係のようですね
そうみたいね
まずは師匠のウィリアム・ヘンリー・ベルさん
      1873年8月20日に
      イングランド・セント・オールバンズに生まれ、
      王立音楽アカデミーでスタンフォードらに学びました
      1893年セント・オールバンズ大聖堂のオルガニスト
      その後、ロンドン・オールセインツ教会のオルガニスト
      1903年から王立音楽アカデミーの教授になりました
      彼の作品はそうそうたる指揮者『ヘンリー・ウッド』
      『トマス・ビーチャム』『ハンス・リヒター』
      『アルトゥル・ニキシュ』らの指揮によって演奏されました
      1912年南アフリカ音楽大学学長に就任
      (1923年ケープタウン大学の音楽科となる)
      1935年に勇退したが、大学で作曲を教え続けました♪
      輩出した音楽家の中には後述のギデオン・フェイガンの他に
      ヨハネス・フェイガン(ギデオンの兄)
      セシリア・ヴェッセル(1895-1970)
       :南アフリカ人で最初に有名になったオペラ歌手
      ブランシュ・ゲルストマン(1920-1973)
       :南アで音楽学士の称号を受けた最初の女性
        作曲家・コントラバス奏者
      スティファン・グロヴェ(1922-2014)
       :存命中『アフリカでもっとも偉大な作曲家』と言われた。
      フベルト・デュ・プレシス(1922-2011)
       :南アの作曲家兼ピアニスト
      ジョン・ピエール・ハーマン・ジュベール(1927-2019)
       :3曲の交響曲、7つの歌劇を含む160曲以上を作曲した
        南ア系英国作曲家
      等々・・・育てました!
ベルの作品は彼自身の指揮によってケープタウンで
      しばしば演奏されたみたいです
      1946年4月13日南アフリカ・ゴードンズベイにて死去。


次はベルの教え子でもあるギデオン・フェイガンさん
      1904年11月3日
      南ア・サマセット・ウエストで生まれ、
      少年時代、兄のヨハネスの意向でピアノ・音楽理論を
      家庭教師を雇って学んでいます
      その後、ウィリアム・ヘンリー・ベルの指導を受け
      和声・作曲・管弦楽法を学びました
      英国に渡り、王立音楽アカデミーにて指揮を中心に学び、
      最高学位を取得!在学中にロイヤル・フィルや
      ロンドン響を指揮したそうです
      1926年南アフリカに帰国しましたが、
      音楽活動の限界を感じ、1年で再び英国に渡り、
      指揮・作曲・編曲と多様な活動をしました
      1936年以降は映画やドキュメンタリーの音楽も担当
      その後、マンチェスターの
      BBCノーザン管弦の指揮者に任命
      (後のBBCフィル)
      3年後の1949年に南アへ帰国し
      南アフリカ放送の音楽部長などを歴任し
      13年間、南アフリカの音楽発展に尽力しました
      1967~72年まで旧南アフリカ音楽大学にて
      管弦楽法及び作曲を教えながら作曲活動をしていました
      1980年3月20日にケープタウンで没してます。


ではでは収録曲


残念ながらベルの南アフリカ交響曲は
      あ~こういう曲なのね
      英国の隠れた交響曲ねって感じで
      脳みその中に刻み込むまでには至らないけれど
      何回か聴いています
      ギデオン・フェイガンの音詩『イラーラ』は
      探検家・宣教師の『デイヴィッド・リビングストン』が
      探検&布教活動の果てに亡くなった現在のザンビアにあった
      バングウェル湖近くの村の名前で、フェイガン自身、
      この方を題材にした映画『デイヴィッド・リビングストン』の
      映画音楽も担当していました。
      直接映画音楽と音詩との関連性は無いと書いてありましたが、
      題材は同じなので、作曲者フェイガンの想いは一緒
      牧歌的な雰囲気や自然に囲まれたアフリカ南部地帯の
      雰囲気が感じられます
      最後は静かに曲が閉じられ、
      衰弱しきったリビングストンの死に様を
      アフリカの大地が冷静・冷徹に見守っているって感じかな
冷徹に?
まぁそこは個人的な感想ですんで・・・
あら?序曲 ニ長調はどうしたの??
うん!この曲が良いんだ!すんごく良いんですよ!!!
あ~~それで最後に取っておいたのね
です~~~
      すごく懐かしさを感じる曲の導入部
      木管楽器の組み合わせと、
      それに続く弦楽合奏の扱い方がとても上手くて
      現在愛聴曲の一つになっています
      是非ともこのCDの購入を
      と言いたいですが廃盤のようですね
ナクソス・ミュージック・ライブラリーなら
      聴けますよ
そうだね~~~



ではではヾ(●⌒∇⌒●)ノ
ではではヾ(●⌒∇⌒●)ノ


(令和2年01月26日)CDNo.0297

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