AMIちゃん邂逅2000日記念からのCTOちゃん・・・』
(なんですかぁ?CTO?)
AMIちゃん邂逅2000日の生存祝いも吹き飛ぶような 現実に直面した舞流豚の事を認めます 夢幻的散文第233&234章にもチラッと書きましたが、 新たな病変が発覚しまして、6月は更新停止しておりました。 っつ~~~~~~~事で 昨年秋に心臓カテーテル検査を受けた時は非常に良い状態だったんですが、 今年の春ぐらいから動くとな~~~んか調子悪いんですよね。。。 休日は何もする気が起きないでゴロゴロゴロゴロしていて 体力を回復するのみ状態が続いてました。 そしてだんだんと力を込めたり、ちょっと走ったりすると苦しくなって、 少し休むと元通り(●^o^●)って感じの状態が。 そうこうしているうちに毎月受診の病院へ行って症状を話し、 即循環器内科に受診しなさい!って事に。 今までの心臓疾患の経緯としては、 ![]() ![]() ![]() この状態で、心臓や血栓予防のお薬をたくさん飲んで職場復帰したんですけどね・・・ そんでもって、5月末に総合病院の循環器内科へ受診し、 負荷心電図検査やらの結果、心臓カテーテル検査になりました。 その結果・・・ AMIちゃん邂逅2000日記念日に 恐ろしい結果を知る事となりました。 右冠動脈が完全に詰まっていたのです!!! それも普通死んでる場所ですよ。 冠動脈の2番ですって。。。 先生の話を聞いて『普通死んでるでしょ?』と思っていた所、 先生が説明してくれました。 なんでも、急激に詰まる心筋梗塞とは違い、 徐々に狭くなってやがて完全に詰まったんだと。 狭くなるにつれて『血管新生』って現象が起こり、 詰まった部分から先の心筋細胞に 生命維持最低限度の血液を供給していたので 生きているうえに、状態が低レベル安定していたんだそう。 ゾッとしたというか何とも言えない感情になりました。 画像にすると下の様になります。 ![]() ![]() ![]() 先生の話では5月位に完全閉塞したようですとの事。 5月20日の日記に書いてある通り 『5月頭頃から午前中に高確率で胸部に少し締め付けられる痛みがあります。 これだけだったら虚血性心疾患の何時もの発作ですが、 同時に両奥歯の痛みがががが!!!!』 の記述がありますので、状況合致しますね。 そんな・・・今考えると、冠動脈1本が詰まっている状態で 介護の仕事をした上に夜勤までやっていたんですねぇ。。。 確かに辛かったけれど、歳か?とか体力が衰えたのか? とか思うようにしていた自分が情けないです。 それにしても、なんか、私も生き物(いきもの)なんですね。 このままじゃ死んじゃうよって感じて 細胞レベルで生きようと血管新生みたいな 不思議な事が起こるんですね。命拾いしました。 とりあえず、心臓カテーテル治療の余地を与えてくれた 女神様及び奥さんズの魂に感謝して、 6月下旬のカテーテル術に向かう事にしました。 6月下旬に1週間弱入院して2時間ほどのカテーテル術を受けてきた旦那 どうだったぁ? も~~人生で二番目の痛みを経験した・・・ 一番は心筋梗塞のときの痛み? 二番目は、足の付け根に麻酔したにもかかわらずカテーテル器具を動脈に挿入する時に 挿入部位から足の親指裏まで電気が走るような激痛が と同時にビクンと体が跳ね上がったよ・・・ すごかった・・・気が遠くなって背中から温かい感触が じわじわ頭の方へ上がって来て、さかんに助手さんが 僕の名前を読んで呼び戻した(苦笑) 麻酔したのに? そうなのよ~~~僕の場合、ちょっと脂肪を余計に纏っているので、 皮下麻酔だけでは間に合わなかったのね・・・ あらら・・・もうちょっと痩せなきゃね(* ´艸`)クス ほんと・・・('v') プッ術中も局所麻酔なので、先生に聞いた事や 事前に調べていた単語が出て来て 『あ~あそこが詰まっているんだ~』とか納得しながら 手術受けてたよ~~ 例えば? 『2番か~』って言われた時はあ~~右冠動脈のあそこか~ 『CTO』って言われた時も 慢性完全閉塞ねって ふ~~~ん バルーンで冠動脈を拡張する時も『○○気圧』って先生が言ったり、 助手さんが復唱した後、10秒・20秒って カウントしていたりね 何をしてくれているのかわかって 僕としては安心だったかな も~~全身麻酔にして~~って思っちゃいそう バルーンで冠動脈を膨らませている時は、心臓にも刺激を与えているんで、 息がつまるような苦しさがあったり、 血管拡張剤を直接冠動脈に投与した時は、 喉の奥に冷たく痛い感覚があってから、 じわぁ~~って心臓に拡がっていく感じがしたり、 術の最後に『○○さ~ん終わりましたよ』と言われた後、 簡単に施術の結果を教えてくれて、 手術場にいるスタッフさんにもお礼を言って 集中治療室でぼ~~~~っと安静にして、 その後病室に帰ってしばらくして先生の詳しい説明を聞いて、 安心して帰って来ましたヾ(●⌒∇⌒●)ノ 実際には2回に分けての施術だったので、7月にも入院しています。 こうして、制約はあるものの普通の生活に戻れたのは幸運でした。 死ぬまで付き合っていかなくてはいけない病気ですが、 仲良くやって行きます。 (令和元年07月21日) |